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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1312号 判決

主文

本件各上告を棄却する。

理由

辯護人柏原語六上告趣意第一點について。

記録を精査するに、原審公判調書の第三六二丁と第三六三丁(同調書最終の一葉)との間に書類作成者である裁判所書記の契印なく、從って右調書はその點において、舊刑訴第七一條第二項所定の方式に違反しているものであることは所論の通りである。しかし右刑訴の規定は、公文書の公正を期するための訓示規定に過ぎないのであるから、たとい、その一部に同條項所定の契印が缺如しているとしても、その形式及び内容に照らし正當に連絡がありその間に落丁又は後日の剥脱等のないことが認められるときは、契印遺脱の一事を以て直ちに該文書を無効となすべきではない。しかるところ、所論の公判調書にはその冐頭に、公判立會書記が佐藤吉充である旨の記載があり、その第一葉から第三六二丁まで毎葉佐藤と表示した契印があり、第三六二丁の末尾には裁判所書記佐藤吉充の署名捺印がある。そして右契印と末尾署名下の捺印とは同一の印影であって、且該調書は終始同一筆跡で記載されているものと認められるのであるから、その第一葉から第三六二丁までの部分もまた第三六三丁もともに立會書記佐藤吉充の作成に係るものであることが確認されるのである。しかも第三六二丁裏面の空白にはその全面に斜線が引かれてあり、これに他の箇所の印影と同一と認められる佐藤の認印が押捺されてあって、これにより同丁表面の末尾から直接次丁冐頭に連絡するものたることが表示されているのである。そしてその記載内容によれば第三六二丁表面末尾には裁判長が事実及證據調の終了したことを告げた旨、又次丁第三六二丁の冐頭には、檢事が事実及び法律の適用につき意見を陳述した旨、それぞれ記載があり、これを連絡通讀すれば通例の公判手續進展の順序によく符号し、その間何等落丁又は後日の剥脱等のあった形跡は認められないのである。從って右公判調書は所論契印の缺如あるにも拘わらず完全一體をなすものというべきであり直ちにこれを無効とすべきいわれはない。而して該公判調書によれば原審公判手續に違法のかどありとは認め得ないのであるから、原審が右公判における被告人等の供述を事実認定の資料に供したとしても原判決に所論のような違法があるとはいい得ない。論旨は理由なきものである。

同第二點について。

所論原判決判示第五の犯行に關する事実認定はその舉示する證據に照らしこれを肯認するに難くないのである。

尤も原判決認定の犯行場所と、原審援用の證據中被告人藤井昭雄に對する檢察事務取扱副檢事の聽取書における同被告人供述の犯行場所とが一致しないことは、論旨の指摘する通りである。しかし、原審が右判示事実を認定したのは、該副檢事の聽取書における被告人藤井昭雄の供述記載の外同被告人の原審公判廷における知情の點を除く判示同趣旨の供述並びに原審相被告人田村隆及び被告人植田辰己に對する昭和二三年三月一日付各檢察事務取扱副檢事の聽取書における供述記載をも綜合認定の資料としているのであって、これら後段列記の證據内容と前段掲記の所論副檢事の聽取書内容とを對比するに、その時日賣買物件及び當事者等の關係に鑑み、いずれも同一所爲に關する供述記載たることを認めるに何等の妨げもないのである。そして本件犯行の場所に關しては、原審は所論副檢事の聽取書中の供述記載を捨て、同被告人の原審公判廷における判示同旨の供述を採用して判示の如く認定をなしたものゝ如くである。

かくの如く同一事実に關するものと認め得られる數多の證據を綜合認定の資料とする場合、その一部において相互に抵觸する點があるとしても、論理の法則又は実驗則に反しない限り自由心證により、その一を捨て他を採用することはもとより妨げないところである。そして刑事被告人がその犯行につき數度尋問せられる場合、その犯行場所に關し時に誤って別異の供述をなすことは、必ずしも稀有のことではないのであるからその一を捨て他を採用したからというてこの一事を捉えて実驗則に背反するものということはできない。まして本件においては原審は自ら直接尋問した際における被告人藤井の供述を採用しているのであるから、正當な自由裁量の結果とみるべき一層強力な理由が存在するのである。論旨は畢竟事実審である原審の裁定權の範圍に屬する證據の取捨事実認定を非難するに歸着し、上告適法の理由とならない。(その他の判決理由は省略する。)

よって舊刑訴第四四六條に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野 毅 裁判官 齋藤悠輔)

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